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東京地方裁判所 昭和40年(ワ)11384号 判決 1966年12月15日

原告

高山鉄夫

右訴訟代理人

塚本郁雄

被告

武州自動車株式会社

右代表者

山口馨

外二名

主文

被告鬼沢弘次、同小野隆悦は、各自原告に対して金三〇万円及びこれに対する昭和四一年一月二日以降完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

原告その余の請求はいずれもこれを棄却する。

訴訟費用中、原告と被告鬼沢弘次との間に生じたもの、及び原告と被告小野隆悦との間に生じたものは、いずれもこれを五分し、各その二を原告、その余を当該被告の各負担とし、原告と被告武州自動車株式会社との間に生じたものは、全部原告の負担とする。

本判決第一項は、仮に執行することができる。

事実

原告訴訟代理人は、「被告らは各自原告に対し金五三万一四二二円及びこれに対する、被告武州自動車株式会社については昭和四〇年九月一〇日以降、その余の被告らについては、昭和四一年一月二〇日以降、各完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は、被告らの負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、

請求の原因として、

一、昭和三九年八月一九日午後三時三〇分頃東京都板橋区大山金井町五五番地先道路上において被告小野隆悦運転の普通乗用車(品五に二〇七〇号、以下これを本件自動車という)と原告運転の第二種原動機付自転車(文京六一二九号)とが衝突する事故が発生し、これに因り原告は全治六カ月を要する左側頭部挫創を受けた。

二、本件事故は、被告小野の過失に因つて発生したものである。すなわち、被告小野は、普通自動車の運転免許を得ていなかつたのに、本件自動車を運転して川越街道に乗り出して成増方面から池袋方面に進み、本件事故現場のところで右街道から左方に岐れる道路に入ろうとしたのであるが、その際道路(川越街道)の左側に寄ることも、徐行することもせず、前記街道上を同一方向に直進していた原告車の後方から原告車の右方に進出し原告車と並んだ途端、左折の合図をなさずに急にハンドルを左に切つたため原告車に衝突してしまつた。されば被告小野は、民法第七〇九条の規定により、本件事故に因つて原告の被つた損害を賠償する義務がある。

三、被告武州自動車株式会社(以下被告武州自動車若しくは、被告会社と略称)は、自動車の修理、販売、保管等を業とし、被告小野を雇用しているものであるが、本件事故は、被告小野が、被告会社において修理のため被告鬼沢から預かり保管していた本件自動車を被告会社の用件のために運転した最中に惹起したものである。仮に前記自動車が被告会社の保管に係かるものでなく、また、被告小野は本件事故の際、運転練習のためその監督者の目を盗んで本件自動車を運転していたものであるとしても、同人としては自分が自動車の運転免許を取ることは、自動車の修理、販売、保管等を業とする被告会社にとつても便利であるとの理由から、これをしていたものであり、ひつきよう被告会社のため本件自動車を運転していたものである。

されば、被告会社は、本件事故の際本件自動車を自己のため運行の用に供していた者として自動車損害賠償保障法第三条本文の規定により、本件事故に因つて原告の被つた損害を賠償する義務があり、仮に然らずとしても本件事故の際の被告小野による本件自動車の運転は、その外形から見て被告会社の事業の執行に該るから民法第七一五条第一項本文の規定により右同様の義務がある。

四、被告鬼沢は、本件自動車の所有者であつて、本件事故の時これを自己のため被告小野に運転させていたものである。仮に、被告小野が被告鬼沢に無断で本件自動車を運転して本件事故を惹起したものとしても、被告小野が本件自動車を運転できたのは、被告鬼沢が本件自動車のエンジンキーを点火装置から外さず、また運転席のドアの鍵もかけずに一般の通行する道路に本件自動車を駐車させたままこれを離れていたためである。自動車管理者がこのようなこれをすれば、通行人によつて自動車の運転がなされ、事故を起こすす可能性もあることは容易に予見できるところであるから、被告鬼沢は自動車管理者としてなすべき注意を欠いたものであつて、自動車損害賠償保障法第三条の立法趣旨―同条は、自動車の運行供用者は、危険な自動車の運行を管理支配し、運行による利益を享受する地位にあるから、その危険が具体化した時にはその責を負うという危険責任、報償責任の思想にもとづくものであると同時に自動車の管理支配者に対し危険防止のため強度の注意義務を課したもの―に照らし、その責を免れないものである。仮に被告鬼沢につき同法同条の適用がないとしても、被告鬼沢については本件自動車の管理について前記のとおりの過失があり、これに因つて本件自動車が運転され、更にこれに因つて本件事故が発生したのであつて、前記のような過失を前提とすれば本件のような事故の発生することは予見可能性のあることであり、従つて被告鬼沢の前記過失と本件事故発生とは所謂相当因果関係があるものといわなければならない。されば被告鬼沢は、民法第七〇九条の規定により本件事故に因つて原告の被つた損害を賠償する義務がある。

五、本件事故に因つて原告の被つた損害は、次のとおりである。

(一)  原告は前記負傷治療のため入院費、治療費として計金一〇万四八一八円を支出し、入院中の付添看護婦料として金二万三〇八〇円を支出し、合計金一二万七八九八円の損害を被つた。

(二)  原告は、その勤務先において、本件事故の当時一カ月金二万四六〇〇円の給与を得、年末には金五万円の賞与を得ていたが、本件事故のため昭和三九年八月一九日から昭和四〇年二月末日まで、入院、通院、自宅療養のため勤務先を欠勤し、そのため、右期間の給与及び昭和三九年末の賞与の支給を受けられなかつた。これによつて金二〇万三五二四円の損害を被つた。

(三)  原告は、本件事故のため通院に要した車代として約五、〇〇〇円、入院の際要した雑費氷代等約五、〇〇〇、車修理代金八、五五〇円を要しており、(以上は、慰謝料のための事情としての主張する)本件事故により受けた精神的ショックのため勤務に必要な原付自転車の運転に恐怖を覚え、遂に青雲の志をもつて獲得した東京での勤務先を退職するのやむなきに至り、昭和四〇年三月からは宇都宮市の実家に帰り親元で家業を手伝いながら時折通院加療している状態であり、本件事故によつて原告の受けた精神的苦痛は甚大である。この苦痛に対する慰謝料としては金三〇万円が相当である。

(四)  以上(一)ないし(三)の合計金は、六三万一四二二円である。

六、原告は、本件自動車についての自動車損害賠償責任保険金一〇万円を受領し、これを前項(一)の入院費、治療費等支出による損害の一部に充当した。

従つて原告の被つた損害の残額は金五三万一四二二円である。

七、よつて原告は、被告ら各自に対し右金五三万一四二二円及びこれに対する本件訴状が被告らに送達になつた日の翌日以降すなわち被告武州自動車については、昭和四〇年九月一〇日以降、その余の被告らについては昭和四一年一月二〇日以降各完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

と陳述し、立証≪略≫

被告武州自動車代表者は、請求棄却の判決を求め、答弁として、原告主張の請求原因一の事実中本件事故発生の点は認める、その余は不知、同三の事実中被告小野が被告会社のため自動車を運転したことは否認する、被告小野は四年前から現在に至るまで被告会社の事務員をしている。請求原因五については不知と述、≪証拠関係略≫

被告鬼沢は、請求棄却の判決を求め、答弁として、原告主張の請求原因一の事実中原告主張のような衝突事故があつたこと、原告が受傷したことは認めるが、原告の受傷の部位、程度については不知、同二については不知、同四のうち被告鬼沢が本件自動車を所有することは認めるが、その余の事実は否認する。本件事故の当日被告鬼沢が本件自動車を被告武州自動車の近くの訴外中鉢喜弥雄方に駐車して置いたところ、被告小野が被告鬼沢の知らぬ間に無断で勝手に本件自動車を運転して本件事故を惹起したものである。同五の(一)、(二)については不知、その(三)については慰謝料の額はこれを争い、その余は不知と述べ、≪証拠関係略≫

被告小野は、請求棄却の判決を求め、答弁として原告主張の請求原因一の事実中本件事故の発生及びこれによる原告受傷の事実は認めるが、原告の受傷の部位、程度については不知、同二の事実は全部否認する、同五の(一)(二)については不知、その(三)については慰謝料額を争い、その余は不知、と答えた。

理由

一、本件事故

原告主張の日時、場所において、被告小野の運転していた普通乗用車(品五に二〇七〇号、以下本件自動車と略称)が原告の運転していた第二種原動機付自転車(文京六一二九号、以下原告の原付と略称)と衝突する事故が発生したことは、当事者間に争なく、≪証拠略≫によれば、原告は本件事故に因り原付諸共路上に転倒して左側頭部挫傷、脳震盪症の傷害を受けたことが認められる。

二、被告小野の責任

(一)  その方式、趣旨により公務員が職務上作成したものと認められる≪証拠略≫を総合すると、次のとおり認められる。

被告小野は、当時普通自動車の運転の仮免許しか得ておらず運転技術が未熟であつたに拘らず、単独で本件自動車を運転して車輛の交通頻繁な川越街道―その車道には片側に三つの車輛通行区分帯が設けられていた―に乗り出し、成増方面から池袋方面に向い左側第一区分帯(道路中央寄りの区分帯)上を時速約五〇粁で進行中、前方の熊野町交差点における車輛の混雑を避けるため、該交差点の手前の本件事故発生地点のところで右街道から斜め左前方に分岐している道路(以下これを分岐路と略称)に入つて行こうと考え、事故発生地点の五〇米くらい手前で第一区分帯上から第二区分帯上に移り、若干減速して、その左側第三区分帯上を時速四〇粁くらいで走つていたスクーターとしばらく並んで走り、事故発生地点の二〇米くらい手前で更に減速して右スクーターを前方にやりすごしながらそのまま第二区分帯上を直進して行き、事故発生地点の五米くらい手前で方向指示灯を点じて左折の合図をし、これとほとんど同時に、第三区分帯上を後から走つて来る車輌に注意することなしに、急な操作でハンドルを左に切り前記分岐路に向つて左折を始めたとたん、第三区分帯上を右スクーターに続いてこれと約五米ぐらいの間隔を置き時速約四〇粁ぐらいで走つて来た原告の原付を発見し、急いでブレーキを踏んだが、間に合わず、第三区分帯上において本件自動車の左前部バンパーのあたりを原告の原付の前輪に衝突させ、本件事故を惹起してしまつた。

≪証拠略≫中本件自動車が原告の原付の後方からこれを追い抜くようにしてその右側に進出して来た旨の部分は、前示その余の証拠に照らすと真実とは認め難い。他方、≪証拠略≫中被告小野が左折のため方向指示灯を点じた地点に関する部分は、この点に関する≪証拠略≫と対照すると真実とは認められない。≪証拠略≫中被告小野が左折前に先ず時速二〇粁に減速し更に徐行して左折した旨の部分は、前示その余の証拠を総合してみると真実に合致したものとは認め難い。他に前段の認定を覆すに足りる証拠はない。

(一)  右認定の事実によれば、本件事故の発生は、基本的には被告小野が普通自動車運転の仮免許して得ておらず、運転技術が未熟であつたに拘らず本件自動車を運転して川越街道のような車輛交通の頻繁な道路に乗り出したことに因るものというべきであるが、直接的には、同人が左折するに際し予め道路左側(第三区分帯)に寄らず、徐行もせず――前判示の事実関係を前提として推測すると、本件自動車の左折時の時速は、三〇粁前後ではなかつたと考えられる――方向指示灯による後方車輛に対する左折の合図をするのも遅きに失し、また左折に際し左後方の第三区分帯上を進んで来る車輛に注意せずに急な操作でハンドルを左に切つた過失に因るものと認めるに充分である。

(二)  されば、被告小野は、原告が本件事故に因つた損害を賠償すべき義務がある。

三、被告会社及び被告鬼沢の責任

(一)  ≪証拠略≫を総合すると、次のとおり認められる。

被告会社は、その肩書地に事務所と工場を有し、一〇名足らずの従業員をようして自動車の修理、販売等を営む会社であり本件事故の当時被告小野を雇用して使用していたが、同人には専ら事務関係の仕事を担当させ自動車の運転をさせたことは事実上もなかつた。

本件自動車は、本件事故の当時被告鬼沢の所有であつたが、被告鬼沢は当日午後三時過ぎ頃本件自動車を運転して被告会社の事務所兼工場に隣接しているアパートの二階に居住する友人の訴外中鉢某を訪ね、本件自動車を右アパート前の一般人の通行する道路上の右アパート寄りの場所に駐車させ、エンジンキーを点火装置に差し込んだまま、運転席のドアもあけたままにして自動車を離れ右アパートの二階に上つて中鉢と三〇分ばかり話し込んだ。

被告小野は、既に述べたとおり、本件事故の当時普通自動車運転の仮免許を得ていたのみであつたので被告会社が顧客から修理のため預かつた自動車を運転することは被告会社々長山口隆二から固く禁じられていたが、本件事故の当日午後三時三〇分頃、前記アパート前の路上に本件自動車が、エンジンキーを点火装置に差し込んだまま運転席のドアもあけたままの状態で、すなわち容旨に運転の出来る状態で置かれているのを見つけるや、これによつて自動車の運転練習をしようと考え、たまたま被告会社の社長が不在であつたので勝手に仕事をほおり出し、被告鬼沢に無断で―本件自動車は被告鬼沢が昭和二八年に被告会社から買つたものであつて、その後被告会社は被告鬼沢からその修理を頼まれたことが何回かあつた。こんな関係で被告小野は被告鬼沢と面識があり、本件自動車が被告鬼沢の所有であることを知つていた。而して被告鬼沢が当日本件自動車を駐車させた前記の場所は、被告会社でその保管する車がふえて置場所が足りなくなつたような場合に車の置場所として使用することもある場所であつたが、被告小野は、前記の場所に本件自動車が置かれているのを見つけた時、てつきり被告会社が被告鬼沢から例によつてこれを修理のため預かりそれが出来上つたものと思い込んだ。それで、被告鬼沢が近くに居るのではないかとは思つたが、同人の承諾を得ることは考えなかつた―本件自動車に乗り込み、これを運転して川越街道に乗り出し、前認定のような事故を起してしまつた。

≪証拠略≫中本件自動車は、被告会社が客から修理のため預かり保管中のものであつた旨の部分は被告本人小野隆悦、同鬼沢弘次の各供述によると真実に合致しないものと認められる。ほかに右認定を覆すに足りる証拠はない。

なお、原告は、被告小野は自分が自動車の運転免許(普通免許)を得ることは自動車の修理、販売、保管等を業とする被告会社にとつて便利であるとの理由から本件自動車による運転練習をしたのであると主張するが、これを認めるに足りる適確な証拠はなく、仮に、右主張のとおりとしても、前記認定のような事実関係のもとにおいては、客観的に見て、本件事故の時の被告小野による本件自動車の運転が被告会社のためになされていたものと認めることは困難である。

(二)  (一)で認定の事実によれば、被告会社は本件事故の時に本件自動車を自己のため運行の用に供していたものと認めることはできない。また、本件事故の時の被告小野による本件自動車の運転は、その外形においても被告会社の事業の執行とは認め難く、従つて本件事故は被告会社の被用者である被告小野が被告会社の事業の執行に付き第三者である原告に損害を加えた場合には該らない。

されば、これと反対の前提のもとに、被告会社は自動車損害賠償保障法第三条本文の規定により本件事故に因つて原告の被つた損害を賠償すべき義務があるとの原告の主張、被告会社は民法第七一五条第一項本文の規定により右同様の義務があるとの原告の主張はいずれも、爾余の判断をなすまでもなく理由のないものである。

(三)  (一)で認定の事実によれば、被告鬼沢は本件自動車の所有者ではあつても、何ら特段の関係のない他人である被告小野によつてこれを無断運転されたのであるから、本件事故の時に本件自動車を自己のため運行の用に供していたものと認める余地はなく、たとえ被告小野の無断運転が原告主張のような被告鬼沢の過失によつて可能になつた―この点については後述―ものとしても、そのことによつて被告鬼沢が自動車損害賠償保障法第三条本文所定の責任を負うべき根拠はわが国の現行法においては存しない。

されば、これと反対の前提のもとに、被告鬼沢は自動車損害賠償保障法第三条本文の規定により本件事故に因つて原告の被つた損害を賠償すべき義務があるとの原告の主張(原告がかかる主張をしていることは弁論の全趣旨によつて明らかである)は、爾余の判断をまつまでもなく理由のないものである。

しかしながら(一)で認定のとおり、被告鬼沢が本件自動車を前記アパート前の通路上に駐車させたときにエンジンキーを点火装置に差し込んだまま運転席のドアをあけたままにして約三〇分間も自動車を離れていたことは、本件自動車の管理者として当然用いなければならない注意義務を怠つた過失があるものといわなければならない。けだし、一般人や車輛の通行する道路上に駐車してエンジンキーを点火装置に差し込んだまま運転席のドアもあけたままにしておくときは、他人によつてその自動車を運転されたり、或いはこれにいたずらされたりすることもあるべく、その他何らかの事由に因り不測の事故が発生する恐れが多分に存するのであるから、自動車の管理者としては、前記のような道路上に駐車して相当時間自動車を離れるときには、必ずエンジンキーを点火装置から外し、ドアは完全に閉め、その他所要の処置を執つて、事故の発生を未然に防止するように注意すべき義務があるものといわなければならないからである。そして本件の場合被告鬼沢に右過失がなかつたとすれば、被告小野が本件自動車を運転することもなく従つて当然本件事故の発生もなかつたものと考えられるから本件事故は被告鬼沢の過失に因つて、発生したものというに妨げなく、しかして前記アパート前道路上のような場所すなわちすぐ近くにアパートや自動車修理工場等があつて一般人や車輛の通行ないし出入が相当頻繁と思われるような場所に乗用自動車を前記のような運転の容易な状態のまま駐車させておくときは、何人かによつてその自動車を無断で運転される恐れがあり、且つ該無断運転者が無免許者である場合―この場合の方が多く予想される―は勿論のことそうでない場合であつても、今日都会地に見るようないわば危険の充溢した道路交通事情のもとにあつてはその無断運転者が第三者に対し損害を加えるような交通事故を起こす恐れもあることは、相当の注意をすれば予測のできる事柄であるから、被告鬼沢の前記過失ある行為と本件事故で原告が損害を被つたこととの間には所謂相当因果関係があるものといわなければならない。

されば、被告鬼沢は、民法第七〇九条の規定により、原告が本件事故が被つた損害を賠償すべき義務があるものといわなければならない。

四、原告の損害

(一)  財産上損害

(積極損害) ≪証拠略≫によれば、原告は、本件事故で受けた前記傷害ないしこれによる頭部外傷後遺症の治療のため事故当日である昭和三九年八月一九日から同年九月一一日までの二五日間東京都板橋区南常盤台の金子外科病院に入院し、その間八月末日までは看護婦を付添わせ、右病院退院後は、同年一二月末まで宇都宮市雀宮町の雀宮病院に週一回ぐらいの割合で通院したが、その頃金子外科病院に対し入院費、治療費として計金一〇万四一二〇円、雀宮病院に対し治療費として計金六九八円以上合計金一〇万四八一八円、付添看護婦に対しその料金として計金一万三七五〇円をそれぞれ支払つたことが認められる。原告が右認定の金額を超える支払をしたことを認めるに足りる証拠はない。

従つて原告は、右金員を支出したことに因りその合計金一一万八五六八円の損害を被つたことになる。

(消極損害)原告本人の供述によれば、原告は本件事故の当時二五歳であつて訴外クラヤ薬品株式会社(以下クラヤ薬品と略称)の板橋営業所に勤務し、これから支払を受ける賃金は月額で本俸として二万二〇〇〇円販売促進手当として二五〇〇円計金二万四五〇〇円であつたこと、原告は本件事故で前記のような負傷をしたため本件事故の翌日である昭和三九年八月二〇日から同年一二月末日までの四カ月と一二日の間欠勤を余儀なくされたこと、そのため原告はこの間の賃金の一部の支払を受けることができず、また、若しこのように欠勤しなかつたとすれば、当然支給を受けることができた筈の同年の年末賞与五万円ばかりも支給を受けることができず結局原告が本件事故に因つて支給を受けることができなかつた賃金、賞与の合計金額は一二万くらいであつたことがそれぞれ認められる。右認定を覆すに足りる証拠はない。

これによれば原告は、金一二万円の損害を被つたものと認められる。

それで原告の被つた積極、消極の財産上損害の合計額は、二三万八五六八円である。

(二)  精神上損害

原告が本件事故に因つて肉体的、精神的に大きな苦痛を受けたであろうことは容易に推察できる。従つて被告は原告に対して慰謝料を支払わなければならないが、その金額としては、原告の傷害の部位、程度(入院日数)、傷害による後遺症とその程度(通院期間、通院日数)、原告の職業年令等既に判示した諸事情その他証拠によつて認められる本件諸般の事情によれば、一六万一四三二円(これと前記財産上損害合計額とを合算した金額が四〇万円となる金額)を以つて相当と思料する。

(三)  それで原告の被つた財産上損害額と精神上損害に対する慰謝料額との合計額は、四〇万円である。

五、一部弁済

原告が本件自動車についての自動車損害賠償責任保険により一〇万円を受領し、これを前示財産上損害のうち入院費、治療費等支出によるものの一部に充当したことはその自陳するところである。

従つて、原告の被つた損害残額(慰謝料を含む、以下同じ)は三〇万円である。

六、むすび

以上のとおりであるから、原告の本訴請求中、被告小野に対するもの及び被告鬼沢に対する民法第七〇九条の規定に基づくものは、同被告ら各自に対し前記損害残額三〇万及びこれに対する本件事故発生の後にして本件訴状が同被告らに送達になつた後の日であること記録上明らかな昭和四一年一月二〇日以降完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるのでこれを正当として認容し、その余はいずれも失当として棄却し、被告鬼沢に対するその余の請求及び被告武州自動車に対する請求はいずれも失当として棄却し、訴訟費用の負担については民事訴訟法第九二条本文、第九三条第一項但し書、仮執行の宣言について同法第一九六条第一項をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。(宮崎富哉)

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